映画「包帯クラブ」感想。石原さとみ主演。心と身体と場所の関係を描く。

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こんばんわ。くらむぼんです。今日紹介するのは、「包帯クラブ」という映画。こいつは石原さとみが主演をしておりまして。思春期の男女の心の傷や青春を描く物語となっております。

あらすじ!

心に傷をかかえ、病院の屋上で遠くを眺めていた女子高生・ワラは、ディノと名乗る青年とであう。彼は病院の手すりに包帯を巻き、「手当て」と言った。その光景を見てワラは不思議と自分の心の傷が癒されたようにも感じた。

 

ある時、友人のマイウーが彼氏に振られて落ち込んでいたため、ワラは今までのっていたブランコに包帯を巻いてあげる。そうしてまかれた包帯を見て、マイウーもまた慰められたようだった。

 

マイウーがあげたその写真を見て、ギモという青年がこの行動を応援したいと二人のもとにやってきた。彼は他人の心の傷に包帯を巻いてあげる「包帯クラブ」を設立しようと提案する。

 

だがそのためには心の傷に包帯を巻くことを始めたディノの許可をとらないと、ということで三人はディノのもとへ向かう。

 

一人が二人へ、三人が四人へ、「包帯クラブ」が人の心の傷をいやして回るうちに、クラブのメンバーは自分の心の傷にも立ち向かうことになる。

 

傷、友情、恋愛、青春、大事なものがきっと見つかる。そんな感動ストーリーです。

 

あらすじfin

 

 

さて、では気になったところ、考えたことを言ってきましょう。

 

包帯の本義

心の傷を包帯で癒す→物質の精神への干渉

ディノの奇行(はだし登校・ポケットに生ごみ・目隠しして階段から落ちる・爆竹あたる)ことの心理+はたして理念/信念の通し方はあっているか

他者の治療↔自分というfeed backがある。

“仮の”葬式=精神的な死?主観的な死。再生はあるか。自己の変革なのか。アイデンティティとは。

トラウマが人格に与える影響

家族に対しての観念

「楽になったらアカン」という自罰的/自傷行為のわけとは。どのような心理か。

 

このくらいかな?映画としてみるなら、構成を考えてもいいかもな。ふと考えれば「ボーイミーツガール」ってことになるよな、これも。序盤の音響とか気になったなあ、ちょっ内容に集中できなかった。んーあとは……まあこんくらいかな。考えてればまた出てくるとかもあるだろうし。

とりあえず太字のとこから考えてこうかな。


 

 

包帯の本義。また、物質が精神に干渉するとは。心の傷が包帯で癒されるとは?

 

包帯:傷口やはれものなどに巻き付けて患部を保護するためのガーゼや木綿の細長い布。出血を抑えたり、清潔をたもったりするのに使われる。

 

包帯が象徴するイメージとしては、医療、ケガ、血、傷を癒す、とかかな。体に巻いている場合は生身の具体的なケガの感じ。

 

お、今ので思いついたことがあります。ディノは作中でしょっちゅうケガとかして包帯を巻いてるけど、ディノの心の傷もわかりやすく表してるのでは?

ディノが大けがして病院に運ばれたとき、彼はこの時、かつての親友のことを考えていました。大けがいうのは、自傷行為にも似た行動をとったわけですから、これは親友に対して自罰的な自分の心を痛めつける様子の表象ととらえることもできるかも。

 

では、包帯で心が癒されるとはなんなのか。心の不確かさを考えないとしたら、体の傷をなおすだけの包帯が心の傷を治せるはずはない(物質的なものが精神という非物質的なものに干渉できない)

 

しかし、包帯を巻かれることで主人公たちは心の傷が治っていくようにも感じているのだ。

 

ここで、包帯を巻くという行為は「巻いてあげよう」という心理が重要なのだと考えれば納得できるだろうか?誰かが包帯を巻いてくれる、その人は自分に目を向け、自分の心のことを考えてくれている。その思いが心の傷を癒すと仮定できるだろうか。だとすれば、包帯である必要はないのではないだろうか。

 

また、傷を得た「場所」に包帯を巻くのではなくその人「自身」に包帯を巻くのではないだろうか。自分を気にかけてくれているという心理が大事だとすればそれでも効果はありそうに感じる。

 

ひとまず、心であれば心に干渉し、影響を与えられるというのは前提としよう。二者間の心の関係性を考えると、まずAさんの心があって、それが行動に現れ、Bさんがその行動で何かを感じる=Bさんの心に影響する。という一連の流れを前提としてみる。

 

このもとに話を進めると、人が自分を思いやってくれているという意識が心の傷に影響するというのは合理的。

 

では、個人的な僕の2つの疑問。

 

包帯を巻くという行動である必要性

心の傷を負った「場所」にまく必要性。「身体」であってはいけないのか。

 

⑴から考えていく。たとえば落ち込んでいるときに友達がくれた限定お菓子で気がまぎれるとか、そういった優しくしてあげる行動では心の傷はいやされないのか?

 

ただこの場合気になるのは、包帯を巻いてあげるという行為は、巻かれた本人にはなんの利益にもなっていないということだ。体の傷でない以上、包帯からえられるものは心理的作用以外には存在しない。

では、心にのみ届くような、疲れて疲れて仕事をやめたいと思っているときにお客からもらった激励・感謝の手紙などであったらどうだろう。であれば、この「包帯」と同じ効用はないのか?

では、「包帯クラブ」が、包帯を巻いてあげるのではなく激励の手紙を送る「レタークラブ」であったらどうだろう。

手紙を送るだけだったら、それは心に深くは響かないだろうと予測できる。なぜなら、包帯クラブは依頼者のトラウマの要因、すなわち心のクくさびに包帯を巻きつけた。だが手紙は、心のくさびに触れることがない。ただ相手を表面上激励しておわるだけだ。その手紙を送るという行為がなんら相手の心の傷に結びつかないのである。

では、その行為が心の傷を負った場所に関連していればいいのだろうか。例えば、「ステッカークラブ」を考える。このクラブは誰かが心の傷を負った場所に「頑張れ」というような言葉を印刷したステッカーを張り付け、その写真を依頼者に送る。

これならばどうだろうか。包帯かステッカーなこと以外は対照実験だ。この場合、心の傷に影響を与えることはできるのか。

 

だが僕の主観としてはこれはあまり癒される感じがしない。やはり「包帯」という傷に巻くものという意味での象徴性が影響しているのではないだろうか。

 

 

 

⑵は、トラウマの要因となった「場所」でなく「身体」に包帯を巻いた場合を仮定していく。この時、大半の人は「体に包帯を巻いたからなんだというんだ。私は心に傷があるんだ」と感じることであろう。すなわち、多くの人が心の深い部分を考えるときには二元論的な価値観をもっている。よって、身体であってはいけないのだ。

 

だが、本当に必ずしも「場所」でなくてはいけないのか?場所がトラウマを想起するということなのか。場所が心にどう影響するのか。

 

これは「供養」を考えてみる。人が交通事故などで亡くなった場所には、花束が置かれる。これはその亡くなった場所自体にも強い意味があるという考えゆえでないか。場所に重要性がないのなら、花は事故現場ではなくお墓のみに置かれるだろう。

 

包帯を巻くことも事故(=トラウマ)の現場を供養することでないだろうか。トラウマを負った場所に霊魂が残るのではなく、心の断片が落ちる。トラウマを負った場所が心にずっと残るということは、そこに心の一部を置いて行ってしまったととらえられる。そうして傷ついた心の断片に対して包帯を巻くのである。

 

 

“仮の”葬式の意味。

 

ギモは、レイプ被害のあった場所のものを焼きはらうことで葬式をすることを提案した。こうすることで、被害女性が忌まわしき過去と決別できることを期待したのである。同時に、ワラから見ると、その行為はギモの過去への葬式なようにも思えた。

 

この「葬式」においては誰かが死んだわけではない。だが自分の記憶と密接にかかわる場所がなくなるというのは、相当な喪失感を伴う。例えば自分が子どものころから通っていたスーパーが潰れて更地になっていたとしたら、一抹の寂しさを覚えるであろう。

 

よって、過去の自分の記憶をなくす、実際に消えるわけではないが場所と結びつく記憶を場所ごと燃やしてお別れしてしまおうという考えが「葬式」という表現につながる。葬式では死者との精神的な別れを済ませるのと同様に、自分の過去に対して精神的な区切りをつけるのである。

 

 

「楽になったらアカン」という自罰的な心理とは。

 

これは現実逃避の手段としてディノが自傷行為に走ってしまっているとうこともおおいに考えられる。自分で自分を罰することによって親友の苦しみをわかれなかったことへの「許し」を乞うているような状態である。

 

自殺という行為に至ってまうとその悩みから解放されてしまうため楽になってしまう。よって自分はずっとこの罪を抱えて苦しみながら生きていかなければならないというような贖罪意識が働いているようにも思える。

 

「楽になりたい」とは考えていないのが重要だ。むしろ「楽になってはいけない」という考え方がディノの奇行の背景にはある。はじめから終わりまで、彼が「わかってあげよう」とする在り方は彼自身を傷つけている。

 

自傷行為の多くは心理的な苦痛を和らげ変化させるために行われるようだが、ディノも同じだろう。ずっと苦しみ続けたいと思ってはいるが、それを自分を傷つけるような行動に落とし込み表現せずにはいられない。ただ日常を生きていたら贖罪の気持ちが薄れていってしまうというような気持ちもあるだろう。

 

すなわち、許されて楽になりたいのに、自分は楽になってはいけないのだと考える自己矛盾を抱えているのである。

 

ま、こんなもんです。面白かったし、いろいろ考えさせられました。いろいろぼーっとしながらとはいっても、これだけのこと考えたり調べたりに2時間はかけすぎだろ…….。ぜったい大学に入ってから脳腐ってると思った今日この頃でした。

 

 

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eipin219

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